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普通の人から見れば、何でこんなものを溜めているのか、捨てないのかと不思議だろうが、「これは子どもの遊びに『いつか』使える」という「夢」を持っていたのと”捨てられない性質”だったため、溜めていた。しかし、あきらめた。断捨離することにした。
が、ただの不燃ごみとして捨てることはもったいなくて出来ないので、(フツウの人はそもそもこんなものを「もったいない」とは思わないだろうが。)生かしてくれそうなところをさがした。
私はふだんから空き箱や包装紙を工作材料として児童館に持っていっている。これも同様に考えたが、いまどきの嘱託の職員の多い児童館の職員の手には余るだろうと思った。ありがた迷惑になる可能性がある。
児童館にもよるだろうが、このようなマグネットも、「お宝」に見えるか、ただの「ゴミ」に見えるかは、児童館の先生力によって、はっきり分かれる。先生によって、得意・不得意な分野が分かれることや、いまどきの児童館の先生に外部から持ち込まれたものを使う余力があるのかどうか。(私が勤めたことのある児童館は・・・・・・ピー・・・・・・だったがorz)
そこで、これはと思う団体を探して手紙を書き、そこから、別の子供向けの化学実験をやっているNPO団体を紹介してもらった。同じ都内にあるその団体に郵送するべく、なんとか配送料を安くしようと小さく詰め込もうとし、発送作業に半日費やした。結局、マグネット類の入ったダンボールの箱(ゆうぱっく700円)と、磁石と画鋲のさせる掲示板はA3用封筒に入れた定形外郵便(669グラム580円)にして、送ることにした。詰め方を試行錯誤しながら、何で私はこんなことに時間を費やしてるのかと、自分の捨てられない性質に、へこんだ。へこむんですよ、こんな自分に。
それでも捨てられない、しかし保存スペースも限界である以上、身銭(郵送料)をきってでも、使ってくれそうなところを探して送るしかない、という悲壮な決意による作業だった。自分にとっては「いつかこれを使って」という夢を葬る作業でもある。こういう自分にあきれたが、そんな自分につきあうしかないとあきらめた。 |
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