2002年3月PTA役員日記
その4 校外委員長(自分)が決まるまでの話![]()
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■ トホホな前書き
…ごく小規模の地域の企画とはいえ、私はそれなりに地域活動をやってきたほうだ。自分たちの企画した市民自主企画講座の影響で、市内の小学校のなかにはCAPを企画するPTAがでてくるなど、蒔いた種は少しは発芽したし、ローカルの地域の育児便利帳もつくった。
近隣市で空きビンと空き缶の分別回収を始めた時、ここH市でも資源の分別回収を行うようにと実際に自分達でビン缶を回収したデータを持っていって市議会に請願も出した。
当時の市長に(「革新」市長だったクセに)「フツーの市民に空きビンや空き缶を分けて捨てるなんて出来ないですよ。(そんなことが出来る)あなた達はトクベツですよ」と言われたこともある。その後、清掃課の職員さんに「皆さんのお陰で当市でも資源の分別回収が出来るようになった」と言われるに至ったが。)
そういう私はPTA役員についても、小学校の高学年と低学年に二人の子どもが在籍していたとき、上の子のクラスからの選出でPTAの文化i部を1年、その翌年も下の子のクラスからの選出で(そのまま文化部に前年度の人が一人残るような形で)、続けて文化部役員を受け、連続して2年引き受け、CAPの企画等をしてきた。
もちろんCAPだけでなく、親子調理講習会や給食の試食会の準備やPTA展示会の開催など、PTA文化部としての仕事も、PTA役員だからという理由で借り出された手伝いもちゃんとやった。
だからその翌年は休めると思っていた。
まさか、「クラス」からではなく、「地区の班」から選ぶ「校外委員」という落とし穴があるとは思わなかった。( 校外委員の詳しい役割については後述)
A小ではクラス単位の名簿のほかに、町名ごとに分類した地区班という名簿を作っている。地区の班(児童数約30人くらいの世帯数)という単位で夏休みに夕方のパトロールをしたり子供向けの行事を1回行うことは私も知っていた。夏休みの夕方のパトも、これは地区の1〜6年まで全部の保護者が分担して行う(はずの)ものなので、割り当てられた日に私も参加していた。(しかし、夕方6時に例年同じコースを見回っても、外で遊んでる子どもを見かけないのが常態なので、果たして行う意味があるのか、かなり疑問だった。)
地区の班といっても、「隣組」のようなものでもない。地区の中で密な繋がりがあるわけでもない。夏休みのそういう行事のときだけ利用される枠組みであり、緊急時のための地区班連絡網と名簿が毎年1学期に配布されるが、普段は地区の班という枠を意識する機会はまったくない。
私は各地区の班単位で「校外委員」というのを出すことになっているのを知らなかった。校外委員の出し方は班ごとの自由裁量で、たいてい子どもが5年生くらいになると、「次の校外委員をお願いね」と肩をたたかれ、びっくりする人も多いという。
注/A小の一般のPTA役員については、毎年1学期に「PTA役員の役割について知ろう」という、委員の役名と担当する内容などが記されたリーフレットが A小PTA役員本部の発行で全校配布されるのが常なのに、「校外委員」については、それが一度もない。
なかった。 なかった。本当になかった。(;O;)
なぜ無いのかというと、「校外委員は校『外』委員なので、正式にはPTA役員ではない」という、ふざけた位置づけをされていたから、PTAの役割についてのリーフレットには校外委員は載ってなかった。」ということを私は後になって知った。
だから私は地区班連絡網と名簿を校外委員が作っているということも知らなかった。
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校「外」という名がつくだけあって、PTA役員としての校外委員の位置づけは変わっているとはいえ、校外委員についてのリーフレットがなかったのは今までの校外委員の怠慢だと、私は内心思う。今までの委員の中に、「校外委員の役割などについて記したお知らせ」を作って毎年発行するようにして、これから順番が回ってくる人に心の準備をしておいてもらおう」と考える人がいなかったということだ。
いや、「そういうプリントがあってもいいのに」と思う人はいても、自分たちでそれをつくろうとまでは、いかなかったのだろう。
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注/校外委員長になって、色々聞いてまわったら、そういうお知らせが一回は発行されたことがあったという。しかし、その年だけで、翌年には引き継がれなかったそうだ。
私はのちに校外副委員長達と一緒に1年かけて、新たに「校外委員会について知ってください」というリーフレットを作り、入学式の新入生の保護者へのPTA説明会のとき「PTA役員の役割について知ろう」のリーフレットと一緒に配ってもらった。また、2年生から5年生の学年にも配布した。こういうのは毎年引き継いでもらって印刷・配布してもらおうと、ちゃんと1年後の校外委員会の引継ぎのときに取り付けたのに、2年後にはなくなっていた。
校「外」委員会は、そこらへんが他のPTAの委員会と違っていい加減だった。
(いや、他のPTAの委員会の引継ぎもいい加減だとあとでわかった。)
ほかのファイルにも書いたが、「こういうことは誰かがやってくれるはずだ」と思うようなことは、気づいた人が手をつけない限り、誰もやらない。たかが1枚(裏表あり)のプリントをつくり、印刷して各クラスに配布する手配をするだけの話なのに。
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自分の子どもの学年よりも上の学年の子どものいる人が親しい知りあいにいる人は、クチコミで、「子どもが高学年になれば校外委員というのが地区の班で回ってくる」ことや、「さらに校外委員長&副は、…の役員として出向しなければならないことや、…の役員の任期は…年とかでなんだか大変らしい」ということなどをウワサとして、一部の人だけが知っている。私は知らなかった。
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私には、A小の上の子の学年の保護者の中に、「親しい知り合いのお母さん」というのがほとんどいない。これは、ウチが上の子どもが2年生のときの転居で、同じ市内の別の学区から転入してきたせいもあるが、保護者会が終わるとさっさと教室を後にするような自分の性格のためだと思う。
私は情報収集戦で負け、さらに役員選びの常とも言える、いつ果てるともわからない堂々巡りの発言や沈黙する人たちによって費やされる時間の無駄に耐え切れず、つまり忍耐力で負け、”この道はいつかきた道”、またPTA役員になってしまったわけだ。
あ、校「外」だから正確にはPTA役員ではないけれど。
日ごろから、保護者会の後もだらだらと教室に残り、人の輪の中に入り、情報収集を怠らないでおくべきだったと悔やまれた。
( …って、そんなこと、やってられっか! > 自己レス )
■ ■2002年3月6日(水) 地区の班から校外委員を出すまでの話 その日に先立つ3月2日(土)はPTA文化部の役員の仕事の打ち上げだった。文化部のメンバーの一人は家庭の都合がつかなかったが、収支決算を終わらせ、残り5人でちょっとゴーカな食事に出かけた。これで私にとってのPTA役員関係の集まりは当分ないはずだったのに。 H13年度の地区班の校外委員さんから、「××地区の D班(仮名ですよ、もちろん)の4月に6年生になる子どもの保護者約 8名の中から次の校外委員を出してほしい、ついては6日(水) 2時に△△テニス場の入り口に集まってほしい」という電話がかかってきた。 F小は町名ごとに
D班はなぜか「6年生の保護者から出すことになっている」そうで、その日はH13年度のD班の校外委員と6名のお母さんが集まった。当たり前の話だが、PTA役員のなり手などなかなか決まるものではなかった。 ……… 私は現在専業主婦でほとんど家にいる。 (だからといって、庭付き一戸建ての持ち家に住んでいるわけではない) …フルタイムで働いているわけではない。 …妊娠しているわけでもない。 …手間のかかる乳幼児を抱えているのでもない。 …目を離せない老親がいるわけでもない。 …持病があって病院に通うこともない。 … 障害のある子どもを時々病院に連れて行くような身ではない。 … 不登校の子どもがいるというのでもない。 … 年度内に引越しをするかもしれない というわけでもない。 (…それから何だっけ。「できない」という人たちが役員をできない理由としてあげる項目は…。 私はどの理由も挙げられない身の幸運を喜ばなくてはいけないのだろうか。) 皆を召集した前年度の校外委員さんが「 校外委員の仕事は地区班の夏休みの行事と春夏のパトロールの設定が主で、ほかの委員よりずっと仕事が少ないですから 」 と説明する。が、翌年度は田貫木地区の校外委員の中から校外委員長1名と副委員2名を出さなければならない年だという。 つまり 、D班でも班長や副班長などの校外委員のほかに、校外委員長と副委員長の候補者を出さなければならないという。(木津根地区のほうからは委員長と副委員を出さない代わりに、書記を出すことになっている。毎年交互に選出するわけだ。) そう説明されると、誰でも「委員長と副委員長候補よりはタダの班長、副班長のほうがまだマシ」と思うようで、皆、「班長,副班長だったらやりますから」と風向きが変わる。 じっと聞いていたが、いつまでたってもラチがあかない。堂々めぐりになったり、こじつけのような理由を並べたてたりと、ばかばかしい時間が過ぎてゆくのに耐えられなくなった私は、仕方がないので「委員長と副委員長候補」のほうに手を挙げた。そして、やっとほかの5人のうち、班長はLさんに決まり、残り4人は「お互いにできることをカバーしあい、班長が委員会に出席できないような時は、都合のつく人が出席するようにしましょう」ということになった。 つまりD班の新校外委員はその場にいた6人ということになった。 しかし、人数が多いということが、無責任体制になってしまうこともある。 (これについても後述予定。ほんとーに「誰かが校外委員会に出席するだろう」になってしまった。) |
■■■3月 11日(月)11時〜A小視聴覚室で 校外委員会 新旧委員の引き継ぎ というわけで各班で決まった次年度の新の校外委員と、旧の校外委員の引き継ぎに出席した。 この日はまだH13年度の校外委員会の日であり、そのなかに次年度の校外委員も呼ばれるというかたちになっている。 木津根地区のE班F班G班H班I班では各班から1名づつ書記候補を出し、4人の書記グループとその中の書記「長」はすぐ決まり、前の書記さんたちから細かい引継ぎのレクチャーを受けていた。 しかしこちらの田貫木地区のA班B班C班D班のほうでは、すんなり校外委員長、副委員長が決まるわけはなかった。 私の班のように、班の中で長,副の候補者になる人を決めていた班はほかになかった。 班の校外委員の中の誰が長,副の候補として班から出向するかを決めないまま、班それぞれに2人〜8人までの校外委員を出していた。平日なので仕事などによる欠席者もある。本人がいないところで勝手に役につけるわけにもいかず、だからといって出席した人の中からだけ、長,副を選ぶというのも理不尽だった。 このときの旧の校外委員長さんの話で、校外委員長&副が、A小以外の場所へ出向しなければならない身分=青少協役員を兼ねることになっていると知った。 (このときの私は「そうか、校外委員の仕事は、他のPTA役員ほど忙しくないので、そういう役も兼ねているのか。やっぱり長,副はそれなりにタイヘンか」という程度だった。) いつまでたっても長,副のなり手などないので、ABCDの4つの各班から必ず1名の候補者を出して、その4人なかで、後日決めようということになった。役員の仕事が大変なのではなく、こういうことに費やされる時間のほうが悲しくもばかばかしいように思う。 |
■■■■3月 16日(土)10時〜□□地域センターのロビーにてアミダ
というわけで4つの班から長,副の候補者が集まったが、そのなかのMさんは本部の役員(会計)を既に引き受けているので、ヒラの校外委員はできるが、長,副はできないという話をした。すると、残りの3人(OさんとPさんと私)で長1名,副2名を分担するしかない。
Oさんは仕事を持っているので、委員会の日にいつも仕事を休めるかどうかはわかならいという。しかし私も「長」だけは避けたかっし、Pさんも『「副」ならやるけど「長」は…』と、ゆずらなかった。
とうとうアミダで決めることになった。
結果、校外委員長=自分 ,副委員長=OさんとPさん ということになった。
私は、3年連続でPTA役員というのは、勘弁してほしかった。
しかし校外委員の仕事はほかのPTA役員の仕事ほどタイヘンではない(文化部による展示会行事の実行委員会のような力仕事ほどではなさそう)とわかってきていたので、あきらめた。
白状すると、私のうちは、上の子が小2で引越してきてから、小2,小3,小4、小5のこれまで4年間の間、地区の班の夏休みの行事(花火大会とか肝試しとかキックベースとかあったらしい)に参加したことが一度もない。 .............. 。
これは家庭の事情で、突発的に子どもの父親の休みが取れたときは、父親の都合優先で子どもを遊びに連れ出してもらっていたためで、たんに行事のお知らせのプリントをなくしていて参加しなかったこともある。そういう時は班の方が参加しなかった子どもの分のお菓子を翌日持ってきてくださったりして、申し訳なかった。(すいません)
そういうわけで、D班の班長さんが「夏休みの班の行事のほうは受け持ちますから」と言ってくれたのは有難かった。参加したことのない行事の企画設定よりも、長,副のほうが自分にはまだやりやすいかもしれないと、思っていた。
はっきり言って、青少協については、”天文教室や親子手打ちうどん教室をたまに催している地域のリクリェーション実行委員会”?という程度の認識しかなかった。
…
しかし、このとき私はまだ、青少協役員の任期については、知らなかったし、知らされてなかった。
■■■■5月 22日(水)2時〜ヒガシ中学の図書室にて青少協の総会
青少協の総会に行って初めて、任期は通常2年ないし3年といわれ、私も副委員長二人もひっくりかえった。もし知らなかったのが自分だけだったら、立ち直れなかったかもしれないが、それぞれ他の班から選出された副委員長の二人も、こんな話は前年度の校外委員からも誰からもまったく聞いてないと言って怒っていたので、正直救われた。
校外委員長・副を選出するまでのバカみたいな所要時間を思えば、いまさら「こんな話は聞いてなかったから、校外委員長・副をやめます」と言って辞めることと、新たに「長・副」の三人を選出するまでの時間と労力の果てしなさも容易に想像がつく。
「てきとーに、2年間、やりすごそう。出来ることはやり、出来ないことは出来ないといって断ろう」と、3人で話した。「副」の二人は、自分は「長」ではないから、まだなんとかなると思ったと、あとで語った。
その5 そもそも校外委員会とは何なのか
k's page - 2
(ここの頁は02,6,29のファイルに手直しをしてupしました 05,04,15)
タイツ男の格言のアイコン ホームページのオモチャ箱より