校長が小学校の過去の卒業制作の絵を塗りつぶした話 (その4 )

 誤解のないようにお願いします
「困ったさん」がいっぱいネットの掲示板では故意に掲示板を荒らす人を「荒らし」とよぶ。悪意はないが個々の掲示板の雰囲気が読めずにレスに困るようなカキコする人を「困ったさん」とよぶ。
PTAにも「困ったさん」がいっぱい出てくる。

注/もちろんこれは校長なら「校長」としての困った行動を「困ったさん」と称しているのであって、校長が「いいお父さん」であるとか「いい夫」であるとか、そういった「校長」以外の部分についての評価とはまったくの別モノです。(為念)
PTA会長についても、某役員さんについても同様。このサイトでは、「職業人」としての某氏や「お母さん」としての某氏とは別に、「PTA会長」としての某氏や「役員」としての某氏を「困ったさん」と言ってるのです。もちろん私も誰かにとっての「困ったさん」だろう。(自分だけ例外とは思わない)



[第1回運営委員会での話し合い]

(((( 「PTA会長」という困ったさんを発見した話 ))))
ここまでの復習
2005年(H17)の春休みに、児童のH10年の卒業制作の壁画とH元年の同・跳び箱に描かれた絵が校長の独断で塗りつぶされた。(絵には色落ちなどの美観上や安全上の問題はなかった。)

こういう問題は、最短、有志が集まって校長に抗議に行き、校長が「良かれと思ってしたことですが配慮が足りませんした」と陳謝するなり見解を出すなどして終結するものと私は思っていた。

が、「あの校長は謝らないでしょうね」と、誰かが言った通り、校長に有志のメンバーの代表が話し合いを持ちたいと申し込みに行っても、「『お知らせ』で学校の見解を出した。校長の権限内で行ったので、とくに話し合いをもつ必要はない」という態度だった(そうだ)。

 私はPTA本部役員なので、今年は色々校長と顔合わせしなければならないと思っているので、校長と棘々した関係になりたくない。しかし、積極的に抗議に行かないまでも、この小学校が母校という地元出身の保護者(親子2代で同じ小学校に通っている方がいるわけだ、すごい)が中心となっている有志の方々が校長と話し合いに行くときは、自分も後からついていくつもりはあった。
しかし
有志で校長に直談判に行けばいいと誰もが思うはずだ。それで有志と校長で話し合いがもたれれば済むはずだとも思ったが、そうはならなかった。話し合いは校長から拒否されたから。
 ある意味、6月になっても、まだPTAでこの問題をひきずるのかと、別の面でイヤになっている役員さんもいる。PTAでは前年度からの別のまっとうな問題が山積している別の事情があるので、私もさっさと終わらせたいのに終わらない。
 また、校長先生に対して、「のどに小骨が刺さった」状態の人は私を含めて、皆、校長に釈明を求めたいのに、言いたいことを言えない状態が続き、健康によくない(笑)。
そして
 校長はたかが有志数名と壁画の話をする気がない。らちがあかない。そこで、第1回PTA運営委員会の場に有志から「PTAとして『校長先生と語る会』(以後略して「校長と語る会」)を催したい」という提案が出されることになった。

こうなると校長の態度が一変し、「校長室のドアはいつでも皆さまのために開いていますから、お話しがあればどうぞ気軽に来て下さい」と、学校だよりに掲載されたのには役員は皆苦笑を禁じえなかった。校長はPTA主催の会としてそういう場を設けられては困ると思ったのだろう。
 有志というか、関係者によると、「(校長のところに)個人で行くと、PTAという組織で来て下さい」と言われ、「PTAという組織を使おうとすると、個人で来てください」と言われるわけで、一般Pとしては、何がなにやら、どうしたらいいのやらと思う。

 PTA本部役員では、PTA組織改正検討委員会PTA協力員募集制度を今年初めて企画して多忙なので、私は内心「これ以上仕事を増やしてくれるな」という気持ちが大きかったが、校長がそういう形でしか話し合いに応じないなら仕方がないと諦めた。(私は決してそんな話し合いが必要ないと思っているのではない。こういう形にもちこまざるをえなかった校長の態度に怒っている。)
 それに、学校には他にも卒業制作のオブジェや額入りの絵などの作品が多数あるので、ここで校長に壁画の問題をキチンとしておかなければ、今後も独断で同じことを繰り返されては困るという予防の意味もあるので催すことには賛成だった。
 ちゃんと終結させないと、このまま何時までも「終わらない」のは困るし、何よりも、校長に不信と不満をもったままで、校長と「好ましい人間関係の構築」など無理だと思っている。これは自分以外の役員さんたちも温度差はあれ、ほぼ同意見だった。(F小の本部は会長1名 副会長7名 会計2名の合計10名。会計さんも会計の仕事だけでなく、本部役員の一員として副会長と同等に本部の運営について話し合う。副会長は運営委員会の書記や庶務といった仕事も兼任している)
しかし
PTA主催で「校長先生と語る会」を催すことになると思いきや、思わぬ伏兵がいた。黒一点の小松田PTA会長だった...(T▽T)

(PTA会長の名前は便宜上、小松田 氏)

 全クラスのクラス運営委員と専門部(文化、広報),三役選出委員会,校外委員会の委員長・副と本部役員が出席するのが運営委員会。月1回開かれ、連絡と活動報告と話し合いがされる。
 6月の第1回運営委員会に「PTAとして『校長と語る会』を催す」提案を出したいと、いう有志からのPTA本部への申し入れを小松田PTA会長に伝えると、「ボク個人としては反対ですが、皆さんの意向に従いますよ」と言われた。
 役員は皆、開催に賛成なので、当然運営委員会はスムーズに行くと思っていた。
 が・・・ しかし、当日運営委員会の30分前の打ち合わせでは運営委員会に出席する「校長と語りあう会」の提案者の有志の代表の二人に、会長は「ボクは、そういう吊るし上げの会をしても意味がないと思う。やめるべきだ」と翻意を迫るわ、運営委員会の席上では会長という立場を利用して参加者にプレッシャーをかけるわ誘導するわで、会長と会長以外の本部役員で意見のバトルになるわで、本部役員(会長を除く)小松田会長に苦汁を飲まされることになった...。

(これは私の主観ではない。あとで本部役員5名と会長との話し合いの場でも、会長が自分の『スタンドプレー』を認めている。PTA運営委員会は予定調和であるべきとは思わないが、突然会長が事前に行っていた内容とは180度別の見解を打ち出し、議長から司会進行をとりあげ、打ち合わせにはなかった選択肢をあげ、その方向に話を引っぱっていったので、あとで、「校長と語る会」の提案者ではない運営委員会参加者からも採決や議事の進行について「あれはいくらなんでもおかしかったんじゃないか」とブーイングがくる始末だった。
「対校長」の次は「対PTA会長」で本部役員(会長を除く)は頭を抱えることになる。(泣)


小松田PTA会長はもともと「校長と語る会」を開く気がなかったのか、校長に抱きこまれて方向転換をしたのか、私にはわからない。「あの会長はワガママだから」と、昨年の本部役員さんに聞いてはいた。地元で仕事をする社会人の小松田氏については役員は皆、個人的に知っていた。が、まさかPTA会長として、こういう人だったとは思わなかった。
小松田会長語録
「ボクは自分の人生で今まで無駄なことはしたことがないし、したくない」
だから、校長をつるしあげにするような(と会長は思っている)「校長と語る会」を自分の名前で開くのはイヤだ、というのが会長の意向だった。そして、PTAの運営委員会という場でも、「自分のもっていきたいほうに話を誘導するのは当たり前でしょ?」というのが会長の考え方だった。

これは私の憶測ではない。会長と直談判し、メモしてきた小松田会長語録を整理するとこうなる。校長が卒業生の制作物をペンキで塗りつぶした感性は理解できないが、PTA会長の考え方は、賛成は出来ないもののまだ、理解はできる。
 会長はPTAの運営を、自分の会社の運営の仕方と同じように運営するものと考えているっ!
というのが、本部役員(会長を除く)の全員一致の見解だった。こんなことで全員(会長を除く)一致してもなあ...。
そして
 運営委員会での会長の誘導と役員と「校長と語る会」提案者の抵抗の結果、「校長と語る会」は、PTAの後援で、有志が開くというかたちになった。運営委員会の終了後、会長と校長がこそこそ相談し、会長が「やっぱり会は学校主催でひらくことにしたから」と言い出し、役員が「今の運営委員会の決定をなんだと思ってるんですか」と抗議するというすったもんだもあった。学校主催という突然の思いつきのような話は取り消させた。ともかく、「校長と語る会」のお知らせプリントは会長の名前で召集されないという、PTAとしてはおかしな形になった。

(このときに運営委員会における役員の議決権で禍根を残すことになる。また、運営委員会の進行の仕方に納得の行かない役員の申し立てで、会長と役員の話し合いを以後、何度も行うことになる。)
(議決権について、あとの組織改正検討委員会でも悶着を起こすことになる。)

定例会(運営委員会)での役員の議決権など、普段は前景化しないものが「校長と語る会」の議決をめぐって前景化し、2学期以降に、会長と役員と組織改正検討委員会の間で大きな問題になる。役員にとっては、校長のペンキ塗り事件は一次災害で、それはその後、二次災害、三次災害をひき起こすことになったわけだ。会長を除く役員sにとっては「まいった」という程度の問題ではない。


「校長と語る会」を開く必要性を整理すると
私が思う問題点は
1)校長は「公共施設の一部であるプールの壁や教具の一部である跳び箱に絵が描かれているのは好ましくない」という理由で「塗装を施した」と繰り返す。これは教育者の感性としてどうなのか、ということ。一般的な感性としては児童の卒業制作品に「その学校を卒業した児童の足跡」というメッセージを読み取るものだと私は思いますが、校長にはそういう受け取り方がまったく出来ないようだ。

2)塗装の前に、保護者や教職員に説明も相談もなかったこと。これでは東京都が教育目標として掲げる「好ましい人間関係の構築」が難しいですよ。
 教職員に事前に説明はあったようだが、仮に教職員が反対しても「校長の権限」ということで聞く耳は持たなかったと言われている。着任してからの3年間で、校長にとって「うるさい」ことをいう教師を外に出したと言われる事情があるので、今回、校長が塗装するという話を教職員に説明したとき「校長、それはまずいですよ!」と、止めてくれる教員が校長の周りにいなかったということなのか。

3)卒業制作を残した時点の管理者(校長)はそれにOKを出しているわけですから、それを現在、学校を預かっている管理者(校長)がNOといって勝手に消していいと考えているのか。

4)今後、校内にあるほかの卒業制作物まで、校長の権限で廃棄されては困るので、それらに対する校長のお考えを直接伺いたい。

 05,7月9日(土)「校長と語る会」開催 とりあえず終わる /こんな校長をどう理解する

(06,02,編集)

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